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160405

朝の散歩が最近の日課になっている。 というのも、去年の終わりあたりからだろうか、近所の家でヤギが飼われはじめたのだ。そのヤギを見にがてら自販機で缶コーヒーを買い、気が向けばコンビニまで行って朝刊を買う。 その家では広々とした庭でヤギを放し飼…

160403

ついに新年度が始まってしまった。大学院の1年目はものすごく早く過ぎる、とは聞いていたけど、実際ものすごく早くてびっくりしている。ただこの1年何もせずに過ごしてしまったというわけではなくて、思い返してみればいろいろやったなあとは思うのだけど、2…

160331 Ari Hoenig / The Pauper & the Magician

待ちに待った、Ari Hoenigの新譜が今年の1月に出た。「Lines of Oppression」が2011年だから、5年ぶりということになるのかな。Ari HoenigはNYに拠点を置くドラマーで、コンテポラリー・ジャズにおけるもっとも重要なプレイヤーの1人だと思っている。彼はサ…

160329 存在論としての「建ち方」

去年取り組んだ、大学院後期の設計課題の成果が本としてまとめられた。過去の著名な住宅作品を各自選定し、そこに隣接して新たな住宅を設計するという課題。選定した、いわゆる名作と呼ばれる住宅(東孝光の「塔の家」や安藤忠雄の「住吉の長屋」、篠原一男の…

160327

神奈川県立青少年センターをみた。とくに音楽堂のホワイエがヒジョーに良かった。プロポーションは適切で、スケールには節度があった。プロポーションとスケールの設定には、「倫理観」のようなものがつきまとうきがする。どこまっでやっていいか、という線…

160324 人類学者のスケール論②

人類学は、20世紀後半にはすでに、多元的な世界についての見方からポスト多元的と呼べるような見方へと移行している。私の説明もこの意向に倣ったものである。無数のパースペクティヴが生み出す増殖効果への気づきは、置換効果への気づきへと至り、そこで…

160323 人類学者のスケール論①

現在僕は、所属している研究室で長年行われてきた「スケール(尺度)」についての研究をまとめ、8月を目処に出版することを目指して作業している。そういうこともあって、マリリン・ストラザーンの「部分的つながり」(水声社)の冒頭で展開される「スケール」に…

160322 過去のない男

アキ・カウリスマキの「過去のない男」をみた。なぜか彼の映画が猛烈に見たくなって、急いでレンタルしてきた。この映画を見るのは2回目かな。カウリスマキの作品は、社会的な弱者というか、敗者というか、何かしらのハンディキャップを持った人物をよく扱う…

160321

朝、某プロポーザルの二次審査を聴きに、水戸市へ。特急のなかでストラザーンの「部分的つながり」を読み進める。寝坊して特急に乗るはめになってしまったものの、やっぱり快適である。プレゼンテーションの後、近くの店でそばを食べる。納豆ざるそばという…

160320

長らく続いていたインターン先での仕事も、先週でひと段落した。卒業式も終わり、さぁ新シーズンの始まり!という頃合いなのでブログをはじめてみた次第である。ブログ開設は今年度の大きな目標だったから、丁度いいタイミングだった。開設が目標とはお前意…