FEB.15,2024

卒論発表会が終了。昨日今日のまる2日間をかけて、ひたすらいろいろな分野の論文発表を聞き続け、非常に疲れた。個々の論文について考えたことなどあるけれど、ブログに書くことでもないし、最近聞いてる音楽についてでも書こうかと思ったのだけど、よく考えたらこのところ子どもむけの音楽ばっかり聞いているので書くことがなにもないことに気がつくのだった(切ない)。近々でリリースされたアルバムを聞いたり、新しい領域の音楽をディグったりなど、しばらくできていない。

車で聞くのは基本子ども向け音楽で、ちょっと前までは「シナぷしゅ」。とにかくシナぷしゅにはお世話になった。でも最近は、ほとんど人が出てこないシナぷしゅよりも、「おかあさんといっしょ」や「いないいないばあ」のほうが好き。とくに、おかあさんといっしょの体操曲である「からだ☆ダンダン」はめっちゃ好きなのだけど、なんとこの曲、作詞が吉田戦車なのだ。なんど聞いたことやら……という感じ。振り付けもすべて覚えているので踊れます。

youtu.be

FEB.10,2024

日立に引越してから1年弱経とうとしているけれど、子どもを安心して遊ばせられるような児童公園がないことにずっと悩まされている。妻の実家がある埼玉には魅力的なアスレチックや池、芝生がある公園がたくさんあるのだが、それと比較すると日立市は全然だめ。そもそも公園の数が少ないし、手入れのされていない公園も多い。犬を連れた人も多く、放し飼いにされていると小さな子どもにとっては脅威だったりもする。子どもの数が少ないということもあると思うけれど、それにしても子育ての快適さに対して行政が無関心すぎたのだと思う。これから相当本腰を入れて改革していかないと、若い人はどんどん離れていってしまうだろう。それは置いておいて、実は最近、ビーチと芝生が隣接している魅力的な場所を見つけたのだった。近くに新しめのスーパーもあって、買い物ついでに砂浜で遊んだり、芝生でピクニックができるような場所。遊具こそないけれど、こういう場所は嬉しい。もっと早く知りたかったと若干落ち込む(今後はしっかり活用していこう)。

FEB.9,2024

朝、冷蔵庫に眠っていた根菜を取り出し、味噌汁をつくる。ねぎ・れんこん・だいこん・豆腐の味噌汁に目玉焼きとソーセージ、キャベツの千切り、納豆、ヨーグルトを用意したあたりでご飯が炊たけたので、みんなを起こす。子どもにはとろろ昆布をかけたご飯に味噌汁の具材を分けて出す。相変わらず野菜はなかなか食べないけど、豆腐はあるていど食べてくれる。

買うかどうかずっと迷っていた無印のビーズクッションを買った。大人はもちろん、一歳児も、人をダメにするソファにしっかりとやられてくれた。全年齢対応だったらしい。実はカバーが重要で、柔らかい面と硬い面が互い違いになる仕様。カバーの剛性の違いがこの独特の座り心地を作っていることに感心する。

FEB.5,2024

そういえば書き忘れていたけれど、先週の日曜日には、一月中にやっておこうということで、初詣に行ったのだった。大学が卒論前でけっこう忙しくて、日常の記録がなかなかできてない。初詣は、せっかく茨城にいるので県内の縁起がよさそうなところを探して、鹿島神宮にいくことにした。鹿島神宮は全国の鹿島神社の総本社で、勝負事の祈願といえばココ、という神社みたい。境内の雰囲気はずいぶん良くて、とくに奥宮に行く参道がスカッと抜けるような場所でよかった。この参道の先には、「要石」と呼ばれる、地中深くに沈む巨大な石の頂部のみが見えているとされている不思議な石がある(地震を起こすナマズの頭を抑えているという伝説がある)。これなんだけど、嘘でしょ?ってくらい簡素な石の表面が見えているだけの存在で、なのになぜか仰々しく祀られていて、おもしろかった。神聖な感じはぜんぜんなくって、一種のマーキングのような存在の石だったな(森の奥底にある、なんてことない石の表面を特別視していることが、相当に不思議)。

鹿島神宮もおもしろいけれど、日立市の神社もかなりおもしろい。日立市周辺には、「星宮神社」と呼ばれる、星を祀る神社が集まっている。茨城や栃木が星を熱心に信仰するエリアだったということが、自分にとってはけっこう驚きだった。その本拠地が近所にある「大甕神社」。日本書紀には、(今回初詣した)鹿島神宮と近接する千葉の香取神宮の祭神の二柱が日本の邪神をことごとく平定したけれど、甕星香香背男(みかぼしかがせお)という存在だけは従わなかったので、倭文神武葉槌命(しとりがみたけはづちのみこと)を派遣して香香背男の霊力を「宿魂石」と呼ばれる大甕神社境内の岩に封じ込めた、とされている。つまり、超強かった二人の神様が叶わなかった邪神(土着の神ということだろう)がカガセオで、それを封じ込めたのがタケハヅチノミコトだ、と。興味深いのは、カガセオが「星の神」であり、タケハヅチノミコトが「織物の神」であるということだ。なぜ星の神が織物の神に負けるの? というのがこの伝説のけっこう不思議なところだ。

文献を色々確認したら、現在の日立市というのは当時の東海道の最東端で、大和朝廷と蝦夷の地(後の陸奥国)のちょうど境界にある地域だったらしい。つまり、日本統一を目論む最大勢力だった朝廷と、東方の異民族との領土争い(蝦夷征討)の最前線がこの場所だったと。もともと現在の日立市にいたのは全身刺青の海洋民族だったらしい(東南アジア〜台湾あたりの海洋民族を想像すればいいだろう。もしかすると有名な古代日本の海人・安曇氏とも関係があるのかもしれない)。海洋民族にとって重要なのは言うまでもなく正確な方位の基準となる星(北極星や金星)だ。しかし専制国家にとっては違う。「国家」にとって重要なのは、安定した税収をもたらす農業と、それを成立させる太陽にほかならない。だからこの伝説は、当時の日本で専制国家を成立させつつあった太陽(アマテラス)を祀る大和朝廷と、星を信奉する土着の狩猟採集民との争いの記録ともいえる。そして、この大甕神社には星神カガセオと倭文神タケハヅチノミコトが両方とも祀られているわけだから、両陣営が折り合いをつけた結果はなぜか「織物」だったわけだろう。「倭文」(しづり)とはなにかというと、カジの木を原料とした日本古来の、神事などで用いる布のことみたい(現在では製法が失われている)。もしかすると、現在の日立市にいた先住民と大和朝廷は、戦争の果てに、織物の技術を用いた布を税収として納めるということで折り合いをつけたのかな? と僕は妄想をしている。そもそもカジの木が日本に入ってきたのも台湾経由らしく(DNA鑑定の結果最近わかってきたらしい)、その経路で織物の技術が伝播し、海洋民族独自の技術として重宝された可能性はある。ちなみに近所の茨城県那珂市には「静神社」という立派な神社があるのだが、こちらも主祭神は倭文神タケハヅチノミコト。静(シズカ)の語源は倭文(シズ)なんだろう。栃木をはじめ、北関東はまさに織物が産業化された土地というイメージもある。下の論文「常陸国における星神・香香背男伝承の歴史地理学的研究」がかなりおもしろかったのでおすすめ。

https://lab.kuas.ac.jp/~jinbungakkai/pdf/2016/h2016_01.pdf

今年に上映が開始される北村皆雄監督の『倭文(しづり) 旅するカジの木』という映画はまさにこの問題を扱っているようなので、ぜひ観てみたい。

shizuri-movie.com

 

FEB.4,2024

昨日作ったゆでレバーをチンしてご飯にまぜたレバーおにぎりと、茹でた大根と白菜、あといちごを娘に出して朝がスタート。レバーなんて食べるの? と思ってたけど、児童(幼児)は意外とレバーが好きだ。鉄分の摂取のため積極的に食べる必要があるのだけど、出せばぽりぽり食べてしまう。

午前中、娘を連れてホムセンに行き、マキタのバッテリー式の草刈機を買った。そこそこ良い値段がしたけれど、放置中の庭の草を一網打尽にするためにどうしても必要だった。草をなぜ早急に、ということなのだが、われわれは現在、庭に毎日うんこをしていく近所の野良猫との仁義なき戦いの最中なのだ。猫のうんこは庭で遊ぶ一歳児(なんでもつかむ)にとって衛生的にかなりヤバいのである。被害当初、ひとまずは、妻がかなり昔に買ったらしいココナッツのにおいのルームフレグランスをうんこ跡にふりかけてたのだが(嫌がるかなと思って)、ほとんど効果なかった。数日はうんこしに来なかったけど、マーキングはすぐに復活。やはり専用の忌避剤が必要だろうということで、先日買ったけれど、それも効果ナシ。根本的に庭の草が伸びてしまっていることがマーキングの理由のひとつだろうということで、本日、草刈機の導入を決めた。

午後、さっそく使ってみる。無心で刈りまくる。見知らぬ猫のうんこを毎日処理することで失った心の尊厳のようなものが、草を刈ることで戻ってくる気がする。刈れたのか刈れてないのか、使っている最中はよくわからないのだけれど、ひと休みして庭を見渡してみるとずいぶん様変わりしていた。さっぱり。これで、猫はずいぶんマーキングしにくくなったはずだが、はたして。

29.JAN,2024

妻が夕方から東京で用事のため、娘とお留守番。お風呂はすでに完了していたので、夕ご飯をたべたあとは遊んでゆっくり過ごした。少し落ち着いてから、冷凍してあった厚切豚ロースを使って自分用にポークステーキを作る。玉ねぎとしょうゆのソースを作って、これまた冷凍してあったカスクートと一緒に食べる。娘用の大根がたくさん入った味噌汁の残りもすする(大根はおおきめに切ってゆでで、手づかみできるように)。眠くなってぐずりはじめた娘をおんぶしていると、無事に8時くらいに入眠。そういえば、妻がバラエティ番組をほとんど見ないので、今日ものすごく久しぶりにTVerで水曜日のダウンタウンとか相席食堂とかを見てみたんだけど、笑い方(笑いの受け取り方)がわからなくてあんまり楽しめなかった。独身のころは(寝る前とかご飯中とか孤独だし)毎日のように見ていたのだけれど。あとラジオもずっと聞いていたが、最近はめっきりだ。当然最新の音楽をディグることもできず、すっかり「しなぷしゅ」をローテする日々。これもあと数年のことだとは思うけれど。

11時くらいに娘を起こして、妻を車で駅まで迎えにいったけれど、意外なことに、娘はと文句もいわずにチャイルドシートに乗ってくれる。さすがに寒いけれど、久しぶりに母と対面して嬉しそうにしていた。不規則ながらたまにはこういうのも良いと思う。妻が持ち帰ってきたお土産話を聞きながらみんなで再び入眠する。バラエティよりも、知り合いが最近どーしてるとかの話のほうがよっぽど楽しい。飲み会にめっきり行かなく(呼ばれなく)なったので、貴重なのだ。

27.JAN,2024

午前中、娘と広めの芝生広場があることでお馴染みの日立市子どもセンターへ。最近は卒論提出間際でゼミの時間が長く、足腰が凝っているので、ついでにストレッチをしたり軽い運動をしたりする。高低差のある芝生で遊んでいると、少し年齢が上の男の子たちがダンボールのそりを使って斜面を高速ですべっている。楽しそうだな、と思いつつも、一歳の娘にぶつかると危ないので少し距離をとって眺めていた。ボーイズがいなくなったあと、斜面を駆け上ったり寝転んだり抱っこしてすべったりして楽しむ。うちの子は意外と走り回ったりせず、足元のどんぐりやきのみをせっせと拾いがちだ。今日はひのきの実を熱心に集めていた。ひのきの実はおもしろいかたちをしていて、手頃な小ささであり、なおかつ(ひのき特有の)良いにおいなので、集めるのに適している。家についてポッケをみたら当の実がじゃんじゃか出てきたので、ひとまず机のうえに置いておいた。夜ににおいをかいだらお日様のようなあのにおいは陰っていた。

脳科学を専門としている月本洋さんの『想像 心と身体の接点』(ナカニシヤ出版、2003年)という本を読んでいるのだが、これが面白い。月本さんはあらゆる想像行為、イメージには仮想的な身体運動が伴うということを提唱されている。サッカーを観戦しているとき、ただテレビを見ているだけでも、実際にサッカーをしているときの脳細胞が発火している、ということが最近の研究でわかってきたらしい。しかもその反応は実際にサッカーをしたことがあるほど活発だと。これは直感的にはすごくよくわかる。僕は幼少期ピアノをやっていたり、大学のジャズ研でギターを弾いたりしていたので、この二つに関しては聴いている際も演奏している際の「感じ」が反復しているように思う。が、サックスやドラムを聴いてもこの感じはない。月本さんの言う仮想的身体運動は、建築空間が想起されるときにも間違いなく起こっていることだろう。

25.JAN,2024

先週の共通テスト監督官の振休(その2)を活用し、久しぶりに理科大神楽坂キャンパスへ。自分の博士号授与式以来だ。今日は後輩の横山一晃くん(以下、一晃)の博士論文公聴会の拝聴が目的。本論はかなり急ぎでまとめたはずなのだが論旨がよくまとまっていて明快で、とても面白かったと思う。とくに論文の序論で、桂離宮を例に、ウサギアヒル図のような図と地の反転がたんなる図的なものではなく、時間的な継起する経験でも可能である……と語られてたことが印象に残っている。論文の主軸は回遊式動線をもった戦後住宅作品という大量のサンプルを事例に、階段と扉というエレメント起点にしてトポロジカルに空間構成を分析するもの。回遊式動線において「あそこに自分がいた」ことをもたらすのは吹き抜け(桂離宮で言えば松琴亭と月波楼の関係のような、動線的な構造を視覚的に短絡する起点)だろうということで、吹き抜け研究が待ち遠しいところだ。無事に発表が終了した後、近くの中華屋で岩岡先生や片桐先生と一緒に一晃を囲む。最後の博士課程の学生ということで、岩岡先生も感慨深そうにしていた(気がする)。

18.JAN,2024

子が0歳のころはアレルギー反応が出ちゃって卵や牛乳が食べられなかったんだけど、1歳を過ぎて反応も鈍ってきたので、徐々に与えて慣れさせている。このふたつはたびたび作る蒸しパンにも入れているので、アレルギー反応はほとんどでなくなってきた。今日は朝ごはんにスペイン風オムレツ的なものを作って、卵のついでに野菜も食べてもらおうとするが、あんまり食べず。はじめての料理は手をつけないことが多い。慎重な性格なのか……。僕は食材に関してはアレルギーをほとんどもっていないので、食べることによって生じるアレルギー反応というものをあまり想像できていない。ちなみに花粉症はひどいのだが、発症したのは高二の頃なので遅めだと思う。今でも覚えているのだけれど、校内をジョギングしていた高校一年生から二年生にかけての春休みのある日(陸上部だった)、突然くしゃみと鼻水と涙が止まらなくなったのだ。とうとつ過ぎてたいへん動揺し、はじめての感覚に驚愕した。

今日は振替休日で終日家にいたので、役所やら病院やらへの色々な電話ですませた。こういう日でないとなかなかできない。夜、お風呂からあがった子がホットカーペットに寝転がって仰向けに絵本を読んでいて笑ってしまった。成長したものだ。

 

15.JAN,2024

一昨日と昨日は勤務先の大学でおこなわれる共通テストの監督官だった(センター試験と言われないとピンとこない……。自分の勤務先が大学入試の試験会場になるというのはなんとも興味深かった。ちなみに試験のオペレーションはかなり複雑で、マニュアルも100ページ近くあった気がする。そもそもセンター試験の監督官が(大学で開催される場合は)大学教員で運営されているということを知り、当初はかなり驚いた。助教だけじゃなく、普通に教授も廊下の監視とかやってるし、という。2日間まるまる研究時間を持っていかれるわけで、全員の人件費をあわせるとすごいことになってしまうのではないかと思った(国の節約に付き合わされている気がする)。構内にはすごく緊張した高校生たちがドッと塊でやってくるので、こちらもなんとも緊張してしまった。

監督業務のあいまには細切れに休み時間があるのだが、ひとつの作業に集中することもできないので、ぼちぼちHPの更新をおこなった。テキストを更新できていなかった高野さんの個展「REGARDING THE ECHO OF OTHERS」のページを仕上げたり、NITOで展示した映像作品のページなどをつくったりした。あらためてProjectsページを見ていると、自分が何屋さんなのかわからなくなってくる。

www.tkhrohmr.com

www.tkhrohmr.com

11.JAN,2024_島々と潮位

アーキペラゴアーキテクツスタジオのホームページリニューアルに伴い、「島々と潮位」というテキストを寄稿しました。まさに「群島」であることが表現された美しいサイトです。ぜひアクセスしてみてください。

pelago-studio.com

 

アーキペラゴの畠山さんと吉野さんからステイトメント執筆の打診があったのが11月くらいだったかな? と思う。他人の事務所のステイトメントを執筆するという、かなりめずらしい仕事となった。とはいえ海外のアーティストとかだと批評家やキュレーターにCVを書いてもらうことはある気がするのでそこまで珍しくもないのかもしれない。とはいえ国内の建築事務所ではほとんど聞いたことがない(昔、須磨一清さんのホームページにはコロンビア大の先生による彼の紹介文のようなものが載っていた気がするが、僕の記憶にあるのはそれくらいだ)

他者に対して「閉じつつ開く」アーキペラゴの感じがわかりやすく表れているように思う。執筆に先立って、最近のプロジェクトのこととか、これまでやってきたこととか、どういうスタンスで建築設計に取り組んでいるのかを事前にヒアリングした。とはいえ自分の書くステイトメントはアーキペラゴの「これまで」と「これから」を通底するものである必要があるので、かなり難しくはあった。とくに「これから」の部分はほとんど予言みたいなことになってしまうので慎重を要するものだった。加えてこれからアーキペラゴに仕事を依頼しようとしている(必ずしも建築文化に明るくない)方々も読むかもしれないので、できる限りわかりやすくストレートに彼らの実践の可能性を書こうと思いつつ、他方で「これから」の可能性に開いておくという塩梅を探すなかで、あるていどの抽象性をもったテキストにはなったと思う。

ステイトメント執筆仕事、おもしろかったのでまたいつか書いてみたい。

10.JAN,2024_2023年の仕事

その年にやった仕事を振り返る、ということをインスタでやってたのだが(佐藤熊弥くんをまねた)、去年末くらいから旧Twitterもインスタもぜんぜん可動していないので、2023年を締めそびれている*1

最初は今年もインスタで投稿しようかと思ったのだけど、去年のめぼしい仕事の成果がちょうど10件(インスタの写真枚数上限)にならないというしょうもない理由で投稿していなかった。あと、SNS全般への疲れもあって。どうにも日常の、育児や仕事の大変さとのんびりした日常が同時に走っている感じが、SNSを通すと漂白されてしまう感じがしてしまう(インスタのストーリーに関してはインスタントに使えるので、あれはあれで良いと思うのだけれど)。やはりブログを適当に更新するのが自分の性には合っているように感じる。

 

1. Fixing Garden/記録の庭

藤倉と取り組んでいるプロジェクト。文化庁メディア芸術クリエイター育成事業に採択され、まだ途中段階ではあるのだけど、成果発表を2023年2月におこなった。ちなみに秋ごろ京都で藤倉が参加した展示にこの作品に関連する平面作品を出展したのだけどこちら、この平面には買い手がついた。自分が関わった平面作品が売れるという稀有な経験をしました。こちらのプロジェクトは継続中(というか育児で一時停止中)で、今年中に書籍をまとめてその成果展をどこかでやろうと行っている。まだ計画段階だけれど。


2. 産まみ(む)めも

公共とデザインさんに誘っていただき、会場構成と出展の両方を担当させてもらった(珍しい関わり方だ)。「産む」にまつわる様々な状況にいる当事者の方々とのワークショップは非常に勉強になり、現在取り組んでいる研究内容にもフィードバックされている。いま僕の研究室では、二人世帯向けに計画された住宅の平面構成に関して研究している(「二人」というのは概ね夫婦二人なのだけれど、二人世帯に注目したのはとりわけ将来に対する不確定な要件が多い家族形態だとこの展示を通して感じたからだ)


3. REGARDING THE ECHO OF OTHERS

高野ユリカさんの個展の会場構成。ホームページのテキスト欄はずっと「…in writing…」になっちゃってるが、これは時間がなくていまだ英訳をしていないため(早くやんないと1年経ってしまうので急ぐぜ)。高野さんの写真に通底しているのは「見る」ことへの慎重さと倫理観だと常々思っていた。できうる限り冷静で、客観的(であろうとする)視点のなかに、ほんのすこしだけ織り込まれる主観性。写真に宿命的に残存してしまう「私」をどうレイアウトするか、という実践。それに応えるため、会場ではできうる限り要素を減らしつつ、1400mmという少し低い高さ(これは高野さんが三脚を立てたときのカメラの高さでもあり、展示壁のちょうどセンターでもある)に什器群を揃え、音と写真(の観賞点)をずらしながら配置することとした。

 

4. 茨城大学着任

4月に茨城大学の助教に着任した。着任してからしばらくは初めてのアカデミアの世界でわからないことが多すぎでずっとバタバタしていた。助教なんだけれど最初から研究室が与えられるので、基本自己責任で調べまくってなんとかするしかなく、たいへんだった。大学業務にはようやく最近慣れてきた感じ。

 

5. 青森遠征

妻の藤倉が国際芸術センター青森でレジデンスをするということで、この夏は僕と娘も同行して青森に滞在した。詳しくはこちら。このとき執筆したテキストは以下で公開しています。

www.tkhrohmr.com

 

6. Trans-prompt

「アート / 空家 二人」(NITO)開催の展示『新しい嘘』に、藤倉と一緒に参加。《Trans-prompt》という映像作品を出展しました。AIによるビジュアライゼーションを実験的に取り入れてみたもの。

 

7. 日本図学会大会発表

地元富山・宇奈月開催ということで参加。「建築空間のグリッド性に潜在する政治経済学的側面に関する一考察」と題して発表しました。悲しいことにとくに反響とか新たな学びとかは特になかったが、自分のやってること考えていることを定期的に外部向けに発表するのは大事、と思いやりました。ちなみにこの論文書いてるときにグリッド細胞・場所細胞に関しては本腰入れて勉強してみようと思った。

 

8. 研究室改修

仕事というほどのものではないけれど、なんとか年内に間に合わせようとがんばったことのひとつ。居心地よくなった。

 

9. 執筆仕事

2023年の執筆仕事は以下の通り。圧倒的にたいへんだったのは最後の、『思想』に寄稿した磯崎論。しかし本当に機会をいただけてよかった仕事でもある。今年は数こそ多くないが、内容的には満足している。

[連載] 「手入れ / Repair ダンボール村」、『建築ジャーナル 2023年2月号』、建築ジャーナル社、36-37頁(共同執筆:井上岳・齋藤直紀)

[連載] 「手入れ / Repair トー横キッズ」、『建築ジャーナル 2023年6月号』、建築ジャーナル社、46-47頁(共同執筆:井上岳・齋藤直紀)

[批評] 「先行するP」(水戸市民会館開館記念事業「アートセンターをひらく 2023 ─地域をあそぶ」展レビュー)、『新建築 2023年9月号』、新建築社、17頁

[批評] 「必然と偶然の分岐点で」(西澤徹夫個展「偶然は用意のあるところに」展レビュー)、TOTOギャラリー・間ウェブサイト(https://jp.toto.com/gallerma/ex230914/exhbt_rpt.htm

[学術雑誌]「重力と歴史──新宿ホワイトハウスの歪んだ立方体」、『思想 2024年1月号』、2023年12月26日、pp.96-114

 

10. 子育てと家の整備

最後に、どう考えても一番たいへんだったのは子育て。基本的に子供が起きているときはつきっきりなので家にいるあいだはひとりになる時間がない。僕も妻も仕事をやりながらだから、そこがたいへん。自分の仕事をやろうと思うと、どうしても子の就寝後の21時以降ということになるのだが、寝かしつけ後は精魂尽き果てているので本当につらい。というか無理(かなり気合い入れないと無理)。僕は大学に定期的に行かせてもらうが、妻は制作時間が本当に取れなかった。ボロボロになりながらもなんとか乗り切った。子育て経験者ならば、保育所に入れていない状況で妻と自分が2023年にこなした仕事量・質を見ていただければ、「がんばったな……」と思っていただけれるのではないかと思う。正直忙し過ぎて意味不明な状況で日々が過ぎていった一年だった。もちろん子育てはたいへんなぶん、見返りはとてつもなく大きい。子はかわいい。正義。

家の整備では、ミニテーブル付きの本棚をつくったり、下にゴミ箱を収納できるレンジ台をつくったり、ベッドルームの窓台をつくったり、といったDIYが中心だった。今年は家具関係だとソファをつくろうかなと思う。あとせっかく庭があるので、庭の整備をもっともっと推進していきたい。まずは目隠しの簡易フェンスをつくる予定。

*1:ちなみに2021年は以下の投稿。

https://www.instagram.com/p/CYKvboJPLRN/?img_index=1

2022年はこちら。  

https://www.instagram.com/p/CmxfToNhvpH/?img_index=1

8.JAN,2024

昨年末に中途半端なところで終わっていた作業を完遂させ、ひとまず研究室の改装が概ね完了。必要最低限の書架を既存ロッカーと窓に合わせて配置。壁はN85で塗装。シハチのテーブルは背面をアングルで補強しているので意外と揺れない。パンチカーペットの色はすでにすっかり慣れてしまった。数日で施工できる範囲ということで今回はこれくらいにしたんだけど、かなり居心地がよくなったと思う。ひとつの大きな机が部屋にぽんと置かれてるのは気持ちが良い。教員の個人デスクとゼミをやるときのミーティングテーブルを分けたくなかった。

カーテンもつけた(もちろんカーテンレールの取り付けから……)。安物のアルミ蒸着カーテンだが悪くない。日中は透過するが夜になるとけっこうぎらぎらになる。天井は宿題。

7.JAN,2024

おおきめのホームセンターとスーパーが隣接するなんとも嬉しいエリアが近所にあるのだが、今日は午前中にみんなでそこへ。ホムセンでは妻の制作材料を買いつつ必需品補充。スーパーでも食材を買い込んだので冷蔵庫が結構充実している。

子供が「シナぷしゅ」がめっちゃ好きなのだが、そのなかに坂本美雨による「タベタイ」という曲がある。

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子ども向けと思いきや、ものすごく私的かつ大人がトクするようなうまフードが歌われる印象深い曲だ(ちなみにシナぷしゅはループで聴きまくっているのでかなり覚えている。車で子がぐずりだしたときなどいつもシナぷしゅ全曲リストをループだ)。適当に流しているとよくわからないのだが、実は歌詞のなかにはかなり具体的な食材がもりこまれている。この曲がに坂本美雨セレクトのうまいものセレクションであるということに僕らが気づいたのは、妻が「ペリカンの食パン」にぴんときたことがきっかけだった。ペリカンの食パンというのは浅草で買える超ウマいパンらしく、これ基準でセレクトされているとすると他のもの相当うまいぞ? と言っていた。

この流れで一番気になったのは、「よういちろうさんの唐揚げ」。よういちろうさんって誰やねん、とまず思ったのだけれど、調べてみると料理家の麻生要一郎さんの唐揚げのレシピであるということがわかった。気になったのでさっそく今日のお昼に作って、うどんの具にしてみた。特徴は梅酢で下味をつけること、そして片栗粉をまぶして簡単に揚げてしまうことだろう。梅酢はないので適当に潰した梅干しと米酢で代用したのだけれど、これがめちゃくちゃうまかった。ジューシーなんだけどさっぱりしていていくらでも食べられる。あとつくるの簡単。二回分だと思って揚げた量の唐揚げを、昼にふたりで食べ切ってしまったのだった。

6.JAN,2024

アーキペラゴの畠山さんと会って久々に会う。実際に会うのは今や彼らの代表作となった「河童の家」のオープンハウスのとき(2021年?)以来だろうか(もしかしたら河童の家の模型を事務所で見せてもらった2020年以来かもしれない)。畠山さんにお子さんが生まれ、茨城県にある奥様のご実家にいるということで、僕が使っていた0歳児用の抱っこ紐を渡すついでに軽くご飯を食べることにしたのだった。こちらの近況を話しつつ、アーキペラゴの最近の仕事について聞くことができてよかった。今後のプロジェクトについて話しているうちに、円という幾何学がなぜ必要なのか?(自分たちは必然性を感じているが大村はどう思うか?)といった話になった(円が用いられているプロジェクトを見せてもらった)。円という幾何学がもたらす重要な点は、弧を知覚する際に、身体との相対性のなかで円のサイズを直観しうるとことだ、と、ざっくりだがそんなことを答えた。円のサイズが大きければ(すなわち曲率半径が大きければ)弧は直線に近似し、小さければ曲率は増加する。結果として、弧の部分的な知覚によって直接的には知覚しえない円全体のサイズを把握する可能性が生まれる、と。具体的には、壁に向かってPC作業をしているだけなのに、その壁の曲率から建物全体の大きさを想像しうる、みたいなことが想定できるわけだ。局所的な空間把握に対してより大域的な空間把握を重ねること。ふたつの場所を同時に知覚しうる、ということだ。単純な話だが、これは実はものすごいことだ。その他、ロードサイドの看板建築などについても話したが、畠山さんたちがヴェンチューリ的なものへの興味があるというのはちょっとだけ意外だった。とはいえヴェンチューリが試行していた「複数の論理の同時性」への共感だと考えれば納得する。

このあいだ、妻と子は水戸の千波湖まわりで時間をつぶしてくれていたようだ。千波湖の西側には子供のための公園があるらしい。千波湖まわりは緑が多くこのあたりに住むのは快適そうだという話をする。子は水鳥や鳩がたくさんいてかなりはしゃいでいたらしい。身のこなしが俊敏な他の子供を見かけて歓喜し、その子に石ころをあげたりもしていたらしい。日立市はこうした安全で快適な緑地のような場所が少ないので、かなり羨ましい……。帰ってご飯を炊き、牛肉としらたき、豆腐、長ネギなどを使ってすき焼き風煮込みをつくった。まず牛肉を焼き、そこに思ったよりもどっさりと砂糖と酒を入れて煮込み、最後に他の具材も入れて醤油で味を整えるだけ。ご飯が進む。