3月2日

昨日は土井さんの展示のあと、ワタリウム美術館で「ジャッド|マーファ展」を見たのだった。友人ふたりが主宰するw/が会場構成を務めている。寺田くんは以前からジャッドを研究していたひとで、今回はキャプションのテキストも書いているということで、もう完全に会場構成の枠からは飛び越えている。

ジャッドの作品を見ていると、額の位置、額同士の距離、壁面のどこに置かれているか、ライティング、自然光、既存建築の扱い等々、ふつうなら作品の背後に退いている諸問題を、作品の外部として括弧に入れられなくなる、ということがよくわかる。ジャッドの作品を置く側は、なぜそこに置いたのか、なぜその高さなのか、なぜその光なのかを「明確に」決めなければならない。

オブジェクトそのものより状況のほうが重要だ、という話ではない。状況が作品から切り離せないからといって、オブジェクトの固有性や、それが「そのオブジェクト」でなければならない必然性が弱まるわけではない。ジャッドは、正面、中心、台座、構図といった、置き方を決めるための根拠を作品から消している。その一方で、直方体の辺や反復する間隔は、壁、床、窓、目地との関係を容赦なく見せてしまう。判断の根拠は与えられないのに、判断の結果だけは隠せない。だから置く側は、ふつうなら慣習に預けられるはずの判断を、ひとつひとつ引き受け直さなければならなくなる。

だから会場構成はとても重要で、w/が起用されたことに深く納得する。彼ら以上の適任はいなかっただろう。壁の目地、窓のサッシの割り付け、コンセント。そういうものまでが、作品の論理の延長にあるように見えてくる。しかし、会場全体をジャッド風の造形として演出してしまうわけではない。鑑賞者が「そうとも取れる」と思えるところで止めている。リラックスして自然なのに、明確な作為がある。既存の建物まで作品化せず、それでも背景には戻さない。そのバランスがよかった。

ミニマルな美術作品のいわゆる「シアトリカル」な側面を、観客の身体の問題にだけ返してしまうと、途端につまらなくなる。フリードのいうシアトリカリティを、少し乱暴に別の場所へ移して考えるなら、本当に演劇的なのは作品を現実の空間に置こうとしたときに発生する一連の意思決定のほうではないか。どう運搬するか。どう壁に固定するか。自然光をどう扱い、照明をどう操作するか。既存の壁を直すのか、残すのか。コンセントを消すのか、見せるのか。作品と制度が互いに圧力をかけ合い、キュレーター、会場構成者、施工者、美術館の職員、監視員まで、関係者が次々と判断を迫られる。関係者みんなが舞台に上げられてしまう。

案内のあと、集まった人たちと食事へ。プライベートで参っているが、少し気が楽になった。

3月1日

千駄木で、土井樹さんの個展「あたらしい天気」を見る。事前に想像していたのとはまったく違う大規模な展示で、CCBTの成果展というより、もっとずっとちゃんとした個展だった。土井さんは学生のころから変わらずひょうひょうとしているが、内側の情熱とバイタリティがすごい。

僕たちがふだん天気と呼ぶものは、かなり人工的につくられている。各地の装置が温度や湿度、気圧、風向、風速を測り、集められた数字が計算され、地図やアイコンや短い文章へ翻訳される。それをスマートフォンで見て、今日は晴れなのだと知る。晴れという言葉が間違っているわけではないが、本当はもっと複雑だと知りながら、さしあたり今日は晴れということにしている、というその暫定的な翻訳が、社会の約束として定着している。この展示は、その約束を一度ほどいてみせようとする。言葉になる以前の天気は複雑で神秘的なのだ、と言って終わるわけではなく、測ることを詩や映像に変えてみせるのでもなく、新たな観測装置を開発し、実際に運用すること。温度や湿度や気圧を測る箱に、風を受けて揺れる花がついていて、普通の風速計の代わりに、花の揺れをセンサーで読む(って感じだったと思う)。参加者はワークショップで自分で組み立て、それぞれの家へ持ち帰る。装置がひとつできるたびに、これまで観測されていなかった場所が小さな気象観測所になる。装置を誰かの生活の中へ潜り込ませるためのかわいいお花。

ずいぶん前に博士研究の話を土井さんに聞いたとき、数千匹のミツバチをトラッキングして、その行動データを扱っていると言っていた。生物の集団を脳細胞のようなものとして見て、巣全体の活動が突然変化・活性化する特異点を見つける。無数のハチのなかに、パイオニアとなる特殊な個体がいる。とかだった気がする(うろ覚え)。

今回の展示も、似ている面があると感じられた。天気という大きな一個のものが先にあるのではない。各地の花が少しずつ揺れ、温度や湿度が送られてくる。その膨大な情報を処理したあとに、僕たちが知っていたのとは別の天気が現れる。部分が意図的に協力するのではなく、ただ並存していることから、全体らしきものが創発する、というタイプの共同性のことを考えさせられる。花=装置は互いに通信しない。それぞれの庭でただ揺れているだけで、意思疎通も合意形成もしていない、にもかかわらず、束になると「天気」という上位のものが立ち上がる。あきらかに、これからの「技術」と、「共同性」の問題を同時に扱おうとしている。

土井さんは大学のジャズ研の先輩で、僕が一年のとき二年だった。夏合宿はいつも長野のペンションでやっていた。つくりつけの木の机とベンチのまわりに集まっていたときに、彼がウィリアム・バシンスキーの話を熱心にしてくれたことを思い出す。あ、「都会」だ、と感じたのだった。

2月24日

3月17日から、岩岡先生の展覧会が西安建築科技大学で開かれる。 謎の多い展覧会で、岩岡先生の過去作から乃木坂ハウス、台形面の家、松本三の丸スクエア、T平面の家、アビタ戸祭の五作品を選び、それぞれ1/100の模型をつくってなぜか中国で展示するらしい。五つの模型は、岩岡先生のもとで学んだ弟子たちがいま教えている大学——東京都市大学、東京理科大学、シンガポール国立大学、日本工業大学、茨城大学——の研究室が一作品ずつ分担する。かつて同じ研究室にいた人たちが別々の大学へ移り、今度はそれぞれの学生と模型をつくる。西安では、別々の場所でつくられた五つの模型が一室に並ぶ。

ということで本日は、研究室総出でアビタ戸祭の模型をつくった(ありがとう、ありがとう)。岩岡先生からはとくに情報をもらえなかったので、雑誌掲載の図面から壁や屋根を切り出し、四つの住宅と人工地盤を少しずつ組み立てていく。僕は学生たちの作業をときどき覗き込みながら、研究室のウェブサイトを整える。模型は僕が変に入るより、学生たちの役割分担とペースに任せたほうがいい、と考えた。作っていない人ほど細部が気になって口を出しがちなので、その口を、ウェブサイトの更新にあてておく。

アビタ戸祭は、四棟の住宅を人工地盤でつないだ、共同住宅のような戸建住宅群。共同住宅でも戸建住宅でもなく、「共同住宅のような戸建住宅群」としかいいようがない。四棟それぞれの二階にウッドデッキがあって、それらは10cmほど離れて連続している。いや、法規的には切れている。が、ひょいと飛んで渡れる。だから屋上は四棟で一体的に使うこともできる。現にいまのクライアントは複数棟を持っていて、A棟の二階から屋上のデッキを渡ってC棟の一階へ行く、という住みこなしをされている。設計コンセプトをそのまま体現するような住み方で、こりゃ設計者冥利に尽きるだろうな、と思った。

2月21日

子と東板橋公園へ。そのなかにある板橋こども動物園にも行く。最寄り駅から公園までの雰囲気が良い。公園も広々としていて、遊具が多い。こども動物園は、動物園というより小さな牧場に近かった。公園からそのまま自由に出入りできる。やぎににんじんをあげる。そのあと、ロープでできた円錐形のジャングルジムのようなもの(小さい時だいすきだったアレ。正式名称はわからない)に子がとりくむのを見守る。まだ三歳なので上までは登れないが、ほかの子が動くたびにロープ全体が不規則に揺れる。その揺れが楽しいらしい。下から見ている親はわりと怖い。足を滑らせたらどちらへ落ちるか、どこに立っていれば受け止められるかを頭のなかで考えながら、円錐のまわりをじりじりと少しずつ移動する。

2月18日

まだスタンスミスについて考えている。だんだん面倒になってきて、けっきょく黒の、いちばん標準的なシューレースのモデルにした。思考の放棄、意志の堕落、消費者の完成である。定番に戻るだけのために、ずいぶん周りみちをした。しかし、それだけでは終わらなかった。同時に、蝋引きのシューレースを注文している。ここまで書くと勘の鋭い人はもう気づいたかもしれない。やたら艶が出るというサフィールの靴クリームも頼んだ。amazonの商品名に「圧倒的なツヤ」と書いてあるやつ。これだな、と思った。ふつう革靴にやる手入れを、スタンスミスでやる。必要以上に磨く。定番のスニーカーに、革靴特有のあのツヤを与える。革のインソールも買った。もう後戻りはできない。

2月17日

今日は修士論文の発表会。僕が茨城大学に着任したのは2023年。その年、四年生として研究室に入ってきてくれたのが加藤くんと角くんだった。二人ともヴェネチアにも長期間来てくれた。そんな二人が、今日修士論文を発表した。本当にここまでよく頑張りました。

角くんは、専門的な建築技能を持たない住み手が、みずから住宅を作っていくセルフビルドについて研究した。実際に現地におもむき、話を聞き、建物を調査し、どの材料をいつ手に入れ、誰が施工に参加し、どこで計画を変更したのかを整理する。セルフビルドというと、自由に、思いつくまま家を作るようなイメージもある。が、実際には材料が手に入らないとか、技量が足りないとか、法規に対応しなければならないとか、具体的な事情が次々と入ってくる。そのたびに工程を分割したり、順番を変えたり、すでに作ったものをやり直したりする。そうしてゆっくりゆっくり、つくっていく。専門家が引いた工程表の上をまっすぐ進むのではなく、材料や身体や生活の事情に応じて、長い工期のなかで、建築の作り方そのものが更新され続ける。角くんの研究は、その行き当たりばったりにも見える過程に、どのような意思決定の構造があるのかを丁寧に取り出したものだった。

加藤くんは、建築家が単身世帯、二人世帯、夫婦と子ども一人の世帯のための設計した住宅を合計1,229件を分析した。千件を超える平面図をひたすらアノテーションし、部屋を点、つながりを線としてネットワークグラフに変換して、グラフマイニングをドライに実行していく。個々の設計者が別々の事情のもと、別々の仕方で導き出した平面をひたすら大量に分析していった先に、個別具体的なものを超えた集合知のような傾向・構造を見出そうとした。加藤くんは将来、さまざまな家族形態の人々が集合しうるような住宅を実現したいと考えていて、そのために、異なる家族形態での個々の傾向と、家族形態の差異を超えた傾向を見出そうとしたのだった。ここまでやったのだから、いつか実現させてほしいと切に願う。

着任したとき四年生だった二人が、修士論文を書き上げ旅立っていく。僕が茨城に来てからの時間を、二人がそのまま測っているような感じがした。

加藤くん(左)と角くん(右)@venice

2月15日

子どもと上野の国立科学博物館へ行く。化石や鉱石、科学技術の歴史など、僕としては見たいものがいろいろあるのだけど、子どもにとってはまだ味付け程度である。大きな骨格標本には少し反応するものの、説明を読みながら一つの展示に没入するような年齢ではない。こちらが解説を読んでいるあいだに、本人はもう次の部屋へ向かっている。

本命は、館内にある「コンパス」という子ども向けの展示室だ。展示を見る場所というより、身体を動かしながら標本や動物に近づける、大きな面白部屋のようなところ。このは本当に大人気で、今日は予約がすべて埋まっていて入れなかった。残念。その代わり屋上へ行き、少しだけ走り回ってもらう。科博の屋上は思いのほか広く、上野公園や周囲の建物を眺めることができる。

2月13日

スタンスミスについてまだ考えている。白スタンスミスについてどう考えるか。白スニーカーってザ・定番って感じのものだけれど、そもそも扱うのが難しいのではないかと感じている。汚れが目立つとかそういうことではなく、足元だけ明るくなって浮くというか。前にネットで、フェティコの舟山さんとハルノブムラタの村田さんが対談してる記事(https://tokion.jp/2023/05/24/fetico-harunobumurata-interview/)を読んだんだけど、ここで村田さんがadidasの白いForumのようなスニーカーを履いていたことを思い出す。白Forumは白スタンスミスよりさらに難度が高いはずで、しかし、なんでこんなに良い感じに収まっているんだと驚いた。現在スタンスミスには普通のモデル、少し良い革のモデル、全体がふにゃふにゃしたDeconなどがある。紐かベルクロか、白か黒か。選択肢が無限に枝分かれし、頭を抱えている。

2月10日

卒業論文の発表会。二日間、朝から夕方まで、研究背景、目的、方法、結果、考察を聞き続ける。油断するとさっき聞いた研究の目的といま聞いている研究の方法が頭のなかで混線してしまう。同じ研究室だと非常によく似た研究があったりして、余計にまぎらわしい(しょうがないけれど)。二月は卒論と修論に入試業務が重なってあっという間に過ぎてしまう。

大村研からは高須くんと結城くん。高須くんは、生物多様性に配慮して設計された建築と土木構造物を国内外から集めて整理した。大枠の整理は卒論でできたので、修士では実地調査ができるとよい。結城くんは、専門家でない人が施工に参加した建築から、45種類の接合部を取り出して分析した。施工の難易度を指標化して多変量解析にかける。おもしろかったのは、施工者への負担の高低という軸に加えて、イリイチのコンヴィヴィアリティに近い軸が出てきたことだ。高度に近代化された施工技術に依存するのか、その辺のハンマーがあればできてしまうものなのか、と。

2月6日

普段履きのOAOのスニーカーのソールが剥がれた。いそぎ生協でアロンアルファを買い、その場で接着する。いちおう元に戻ったようには見えるが、大丈夫なような、大丈夫でないような。あしもとに、歩いているうちにまた剥がれてくるのではないかという気配がずっとあるのは、思ったよりもストレスになる。というわけで、普段使いできるスニーカーを探している。ダッドスニーカーのブームもなんとなく過ぎつつあるように思える。いま買うなら、もう少し薄くて簡素なロープロファイルのものだろうか。代表格はコンバースだけど、僕の足はコンバースに合わない。履いていると小指が死んでいく。きちんと計測したことはないが、たぶん幅広で甲が低く、ウェストンのワイズでいうとEくらいだと思う。あくまで予想なので一度きちんと測ってもらいたい(ちなみにウェストンのGOLFはずっと欲しいと思っているので、多分ウェストンの店舗には近づかないほうがいいのだが)。VANSも良いと思うけれど、スケーターじゃない僕が履いていい靴じゃない、という強迫観念がどうしても拭えない。

これまで最も足に合っていたのは、結局ずっと履いてきたアディダスだった。WALES BONNERとのコラボは欲しいが、今さら感はある。サンバ以外のロープロファイルならParisかTokyoだろうか。でも、そこまで薄いスニーカーを買っても、結局あまり履かなくなる気がする。いろいろ考えた末、学生のころから何度も履いてきたスタンスミスに戻る。定番の重力は強い。むしろ、いまスタンスミスなのではないか。僕の世代にとってスタンスミスは急におしゃれなものとして格上げされたスニーカーだった。ラフ・シモンズやフィービー・ファイロが履き、街に白いスタンスミスが増えたのだった。僕が当時履いていたのは黒のベルクロだったけど…。ベルクロのスタンスミスは絶妙にダサくて、悪くなかった。

大村高広|Takahiro Ohmura

建築家・研究者。OoO主宰、茨城大学助教。東京と茨城を拠点に、建築設計、展示、研究、執筆などをしています。