FEB.28,2021

 歩いていると。すこしずつ草木が芽吹いてきているのが見える。暗く艶のある幹や枝からは想像できないような白さの花が咲いている。たぶんウメだと思う。電車で先日届いた佐川恭一の『ダムヤーク』を読んでいた。切れ味がすごい。戦慄するような瞬間と軽く笑えるような瞬間がかなり短い間隔で折り込まれている。ささいな語彙の変化が、読み手の心に若干のさざなみを立てるような素材としてドライに用いられている感じがおもしろかった。これは「レトリック」ともまた少し違う、もっとミニマムな素材という感じで、それが物語的な必然というよりは、空間的な感覚をもって紙面にレイアウトされているという印象を受ける。千駄木で先日撮った書影を現像に出した。それから急いで表参道に向かって髪を切った。担当の美容師さんに、これまであったオーダーで楽しかったものやたいへんだったものなどを聞く。おもしろいお客さんがいて、その人は「西海岸のカフェのオーナーで、休日はサーフィンをしている感じ」とか「ニューヨークの30代サラリーマン(独身)」みたいな感じで注文してくれるんですよ〜、と。大喜利みたいなでいいなと思う。ぼくは「前とおんなじ感じで……」みたいなことしか言ったことない、かなりつまらない部類の客なので、次回はその地域と職業のイメージをセットで伝えるやつにチャレンジしてみようかと思った。とはいえ「いわゆる〇〇的な感じ」と他者にすっと伝わるような類型をぱっとは思いつかない。旅行や海外ドラマ好きの人に教えていただきたい。

 髪を切ってから新大久保で予定している打ち合わせまでに少し時間ができたので、絶対にいこうと思っていた中島あかねさんの展示を見にユトレヒトへ向かう。さまざまな色とかたちがあって、見ていると、なににも似ていないことと、なにかに似ているということのあいだをずっとただよっているような気持ちになる。かたちや色を通して、感情をかりたてるような構造や道筋を検討し続けているようにも見える。ちょうど電車で読んでいたこともあって、佐川恭一の小説ともなにか親和性があるような気がしてくる。おおげさではなく、ささやかでミニマムな「感覚的なもの」。かなりおもしろいと思った。建築で近いことをしているのはPeter Märkliかもな、とか考えていると、打ち合わせの時間が近づいている。名残惜しいが作品集と「tempo」をゲットして移動する。作品集は印刷がすごくきれいでびっくりした。小口に色を塗られているのもめちゃかわいい。「tempo」は中島さんの絵が表紙の、無料配布されている雑誌なのだけど、クオリティがものすごく高い。高すぎて、自分たちは2000円で雑誌を売っていていいのか、と少しが自信がなくなってくるくらいだった。

 新大久保で打ち合わせがあるたびに、街中から良い匂いがしてくることと若者の多さにびっくりする。3月中に竣工する予定の、超急ピッチのスケジュールで進めている仕事の現場に到着する。打ち合わせが終わってから、再来週ある結婚式で来ていく用のスーツをどこかで買えないかと思って都内をふらふらする。スーツを着る職業じゃなさすぎて、フォーマルなものはリクルートスーツくらいしかない。こりゃいかんということで一着つくろうと思っているが、どこでつくればいいのかかイマイチよくわからない。

 家について、またズームで打ち合わせをして、図面を書いていたら3時くらいになっている。今日はいろいろと詰め込まれていた。

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