JAN.29,2021_犬の匂い焼き

 仕事をわーとやって、昼、まいたけと鶏肉をいためる。鶏のもも肉を食べやすいおおきさに切って、塩胡椒で下味をつけてから片栗粉をまぶしておいたものを、ごま油でしっかりと焼いてから、薄切りのにんにくを投入する。良い香りがしてきたらまいたけを入れてさっと炒めて、黒酢・醤油・みりんを入れる。このとき、フライパンからなんとなく懐かしいにおいがしてくる。なんだっけと思っていたら、ふいに、ポチ(昔飼っていた秋田犬)の──たまに入るお風呂の前あたりの──においだと思い出した。フライパンから犬のにおいが立ち込めてきたという衝撃。たぶん黒酢・にんにく・まいたけあたりの見事な調和によって、けものっぽい感じの匂いが生み出されたのだと思う。なつかしいな…という思いと、料理としてはどうなんだ…という思いが同時に立ちがってくる。でも、お皿にもって白ごはんと一緒にかき込むころには、そのにおいは消えていた。火を通しているとき限定のようだった。酢酸の揮発がポイントなのだろう。黒酢・まいたけ・にんにくは犬……黒酢・まいたけ・にんにくは犬……。

 夜。仕事を終えてぼおっとしていると、外からピアノの音が聞こえてくる。けっこう大きな音。窓のサッシを開けているわけでもないのだけど、妙に耳まですーっと鍵盤の音が入ってくる。外に出て煙草に火をつけると、まだ鳴っている。練習中のピアノの音。歌も聴こえる。少し歩いて音をたどってみると、どうやら向かいの家の換気扇からこの音が出ているようだった。家の外壁についている帽子のような換気扇がスピーカーみたいに思えてくる。近くの窓には鉄の鎧戸がついていたのだけど、この換気扇からの音だけで、中と外がずいぶん近づいているような気がしてくる。煙草を吸い終わったので、怪しまれないうちに自室へと戻る。それにしても50メートルくらいは離れているのに、換気扇から出た音が、壁を通り抜けてここまで伝わるということがあるのだなと思う。すごい発見をしたと上機嫌になる。

 今日も今日とて、『ノーツ』の校正・加筆作業を粛々と進める。終わらない。