DEC.28,2020_2020年の音楽

 半年の一回くらい「最近の音楽」という記事を書いていたのだが、いま確認すると前回は1年前で、2020年はすっかり書いてないことが判明した(いま読み返すと下の記事、メルドーのテキストをちょっと訳したりしてて、我ながらちょっとがんばってるなと思った)

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 ということで今回は2020年によく聴いたアルバムをざっと書いていこうかなと思います(ジャズギターオタクなのでかたよってますが)

○ Angular Blues / Wolfgang Muthpiel

Wolfgang Muthpiel: g, Scott Colley: b, Brian Blade: ds / ECM / 2020

 トリオとしては6年ぶりのムースピールの新譜。ベースがグラナディアからスコット・コリーへと代わっていて(ドラムはブレイドのまま)、彼の骨太でストレートなベースが今回のアルバムの雰囲気を作っている気がする。個人的にはムースピールとブレイドのふたりにはスコット・コリーのほうが合ってるのかなと思った。グラナディアが入るとなんというか、全体のサウンドがふわっとなりすぎる気がして。スタンダードをやってくれているのも、とてもうれしいEverything I LoveとI’ll Remember April。音がめちゃいいなと思ったら、録音が池袋で驚いた。

 

○ Charles Lloyd /  8:Kindred Spirits

Charles Lloyd: ts, fl, Gerald Clayton: pf, Julian Lage: g, Reuben Rogers: b, Eric Harland: ds / Blue Note Records / 2020

 チャールズ・ロイドのライブ盤。もちろん良いに決まってるのだが、ギターがジュリアン・レイジ(ありがとうございます!)ピアノがジェラルド・クレイトン(本当にありがとうございます!)ベースがリューベン・ロジャース(やったぜ!)ドラムがハーランド(感謝しかありません!)という感じで、極めて豪華なラインナップでのライブ音源になってる。録音も申し分ない。とくにギターとピアノがそれぞれフリゼールからジュリアンへ、モランからクレイトンへと、重鎮から若手へとリフレッシュしたのはでかくて、これまで以上に攻めまくった内容になってる。80歳のロイドの演奏はほとんど奇跡といっていいくらいすごくて、本当にヤバい。間違いなく2020年ベストアルバムの筆頭。

 

◯ Angels Around / Kurt Rosenwinkel

Kurt Rosenwinkel: g, Dario Deidda: b, Greg Hutchinson: ds / Heartcore Records / 2020

 カートのスタンダード・トリオの新譜はおそらく2009の「Reflections」以来だから、10年振りということになるか。方針としては変わらず、ある種のバップ的な伝統を徹底して形式化しているようにぼくには聴こえる。だからそこまで驚きはないし、そういう意味ではちょっと物足りない気もするのだけど聴き応えは全曲十分で、とくに「Time Remembered」はよかった。カートの音とフレーズは、ピアノっぽくもあるし、管楽器感もあるし、同時にヴォイスっぽさもあるという「なんの楽器かわからない」というおもしろさがある。ギターという楽器の中途半端さがそれを可能にしているんだろうと思われる。

 

◯ From This Place / Pat Metheny

Pat Metheny: g, Gwilym Simcock: p, Linda May Han Oh: b, voice, Antonio Sanchez: ds, Luis Conte: per, Meshell Ndegeocello: vo (8), Gregoire Maret: harmonica (6), The Hollywood Studio Symphony (conducted by Joel McNeely) / Nonesuch / 2020

 オケを率いたパットの物語的な作品は久しぶりだなという感じがする。なにもない荒野で、道が拓かれたり破壊されたりしていく風景をイメージして聴いていた。陰鬱とした雰囲気のなかに希望のようなものが立ち上げようとするサウンドの一曲目は現代のアメリカの政治的な状況を反映している、といえなくもないような気がする。メルドーの『Finding Gabriel』とも響き合っていると思う。本作はベースのリンダ・オーが特に際立っている。メセニーやサンチェスを差し置いて主役といってもいいくらいだと思う。彼女がリーダーの音楽もかなりヤバい。かっこよすぎる。

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 ミシェル・ンデゲオチェロが歌っている8曲目(アルバム表題曲)も大変に感動的で、お願いだから二人でアルバムを制作してください、と思った。以下は本作品の発表に際しておこなわれたインタビューでの、パットのメロディについての考察。すごく興味深い(「最近の若者はサア……」というパットの大人気なさもいい)

メロディというのは、音楽の中でも分析を拒む部分なんだ。そこがまた面白いところなんだけれどね。あるフレーズがなぜメロディアスなのかは、音程の使い方やコード・トーンの扱いといった点から分析可能だけれど、メロディアスなフレーズを作る方法は分析できない。今のジャズでは、メロディアスなプレイというのは流行から外れているみたいだけれどね(笑)。若い連中はプレイヤーとしては素晴らしいけれど、僕は演奏を聴いて5分も経つともう、どんな内容だったか全く憶えていない。なぜかはわからないけれど、素晴らしい演奏だと思ったのは間違いないのに、内容が全く記憶に残らないんだ。その理由は多分、今話したメロディの〈謎〉と深く関係しているんだと思う。あとは、さっき話した〈真実〉とも関わっているのかもしれない。何が真実で何が真実じゃないのか、区別するのは難しいけれどね(笑)。かなり謎めいた話だけれど、僕としては謎は謎として、わからないままにしておくのも良いんじゃないかと思っているんだ

パット・メセニー(Pat Metheny)が探し続ける音楽の〈真実〉 新作『From This Place』インタビュー | Mikiki

 

◯ Contemptment / Noah Preminger 

Noah Preminger: ts, Max Light: g, Kim Cass: b, Dan Weiss: ds / Steeplechase / 2020

 ノア・プレミンガーはまさにパットのいう「最近の若者」かもしれない。というか、パットの想定している若手プレイヤーのさらに一世代若いプレイヤーかな。マーク・ターナーが象徴しているような現代ジャズの可能性を十二分に引き継いでいるし、パットが指摘するような課題もそのまま引き継いでいる。このアルバムも局所的にはとてもおもしろいのだけど、焦点のさだまらなさはずっとある。とはいえ彼らはまだ若いので、どう乗り越えていくんだろうと僕は興味深く追っている。ジャケットがちょっとダサいのがいい。ギターのマックス・ライトは、ベン・モンダーの後継者はお前しかいない…という感じ。(アリ・)ホーニッグあたりとぜひ一緒にやってみてほしい人材。

 

◯ Roads Diverge / Noam Wiesenberg

Noam Wiesenberg: b, Philip Dizack: tp, Immanuel Wilkins: at, cl, Shai Maestro: pf, rhodes, Kush Abadey: ds, Dayna Stephens; ts (5) / BJU RECORDS / 2018

 2018年のアルバムだけど発見したのは今年、聴きまくってた。ノーム・ウィーゼンバーグのことはぜんぜんしらなくて、マエストロ目当てで聴きはじめたのだけど、アルバム全体のクオリティが破格。彼のことが知れてよかった。

 

◯ High Heart / Ben Wendel 

Ben Wendel: ts, efx, p, wurlitzer, bassoon, Michael Mayo: vo, efx, Shai Maestro: p, rhodes, Gerald Clayton: p, rhodes,  Joe Sanders: bs, Nate Wood: ds / Edition Records / 2020

 ウェンデルの楽曲はだいたいそうだけど、動画で見たほうが絶対楽しいです。  このメンバーで悪くなることは絶対にありえない、という座組。ウェンデルの企画力とコミュ力あってこそだと思うし、何より(前作の『The Seasons』もそうだったけれど)ウェンデル自身が一歩引いて楽曲に参加していることがいいなと思う。今っぽい。上で話題に挙がっていた。現代ジャズ特有のメカニカルな音楽のおもしろさ、がゆえのメロディの喪失、みたいな課題は、ウェンデルの場合は少し乗り越えているような気がする。

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◯ RoundAgain / Redman, Mehldau, McBride, Blade 

Joshua Redman: ts, ss, Brad Mehldau: p, Christian McBride: b, Brian Blade: ds / Nonesuch / 2020

 「四半世紀ぶりに俺たち、集まっちゃいました!」的なアルバム。といっても全員がもはやコンテンポラリー・ジャズを代表するような伝説級のプレイヤーなので、同窓会というよりはアベンジャーズという感じ。ただ、この作品は全体的に肩の力が抜けていて、そのリラックスした雰囲気がめちゃくちゃよかった。ゆるいんだけどガチ、みたいな。全員が楽曲提供してるのもすごい。演奏としては2曲目の「Moe Honk」が圧倒されるのだけど、本作を象徴するのはごきげんな雰囲気の3曲目「Silly Little Love Song」かなと思った。

 

◯ Trio Grande / Will Vinson, Gilad Hekselman, Antonio Sanchez

Will Vinson: as, ss, el-p, Gilad Hekselman: g, Antonio Sanchez: ds / Whirlwind Recordings / 2020

 このメンバーでは2作目。年の瀬にいよいよ傑作きちゃった。めちゃよくて、たくさん聴いちゃった。7曲目「Firenze」後半のギラッドの演奏は2020年ベスト・ギタープレイです。最高です。

 

◯ There Is A Tide / Chris Potter

Chris Potter: pf, key, g, b, ds, cl, b-cl, fl,  per, ts, ss / Edition Records / 2020

 ロックダウン下で制作された、全楽器がクリス・ポッターによる多重録音というイカれたアルバム。サックスだけじゃなくてピアノもフルートも(メセニーの近作ではギターも)弾いていたから本当に器用な人だなとは思っていたけど、これほどとは。テナーだけでも歴史に残るようなすごいプレイヤーなのだけどね。最初は多重録音にちょっと物足りなさを感じるのだけど、聴けば聴くほど癖になるスルメのような質がある楽曲群で、まじですばらしかった。2020年を象徴する作品になるんだろうな。多重録音というと最近だとジェイコブ・コリアーがいるけれど、ポッターも負けてない。おじさんがんばれ! 

 ちなみにぼくはコリアーは普通に好きで、元気がないときとかは下の動画を見て元気をもらっていた。天才すぎて、こちらが小さなことで悩んでるのがバカバカしくなってくる。最近の若者(1994年生まれ)まじですごい。

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 そういえば彼についてはどこかでちゃんと書こうと思っていて書きそびれていたのだった。「なんでもやっちゃう系」のプレイヤーですごい人ってこれまであんまりいなかったと思うのだけど(器用だけど各々の楽器の演者に比べれば確実に劣る、という感じで)、コリアーはその一線を超えてくる。こういう人が現れたということがとても現代的だとぼくは思う。ネットが発達してるからこそだと思うのだけど、吸収力に秀でた人はありとあらゆる技術を高速で吸収しまくっているんじゃないだろうか。ひと通りのことがひとりでできちゃうから、余計なしがらみもトラブルもなく、やりたいことを満足いくまで仕上げてパッと発表してしまえる。それは建築とかでも一緒で、たぶん現代的な、ある一線を超えてくる取り組みというのは、(ごくごく一握りの)「なんでもやっちゃう系」から出てくるような気がする。とはいえ大抵の「なんでもやっちゃう系」が、肝心の内容が紋切り型だったりして、つまらないのは事実なのだけど(あと個人的にはやはり、「ひとつのことしかできない系」の不器用な人が好きだったりするのですが)

 

◯ Pink Moon / Nick Drake

Nick Drake: vo, g /  Island Records / 1972 

 今年はニック・ドレイクをよく聴いた。なんでこれまでちゃんと聴いてこなかったんだろうと、少し後悔するくらいにどの楽曲も好きだ。シンガーでいうと、井上さんから教えてもらったカレル・ダルトンもよく聴いた。

 

 

 長くなってきたし、とても疲れてきた、どうしよう。あとはもうほんとにざっとリンクはって終わりにします(後日加筆するかも)。エミリー・A・スプレイグやAsa Tone、objektなど。エミリーは下手すると毎日聴いていた。

 

 最後に、どういう経緯か忘れてしまったけれど、増田義基さんと田上碧さんのアルバムを聴き、いたく感動してしまって、年末にある田上さんのライブに思わず申し込んでしまったのだった。田上さんの声は、歌声だったり、語りだったり、楽器のように振る舞ったり、あるいはたんなる振動だったりする。そうとう面白いなと思っている。