AUG.31,2021

 何の前触れもないのにすごく腰が痛い日というのがあり、今日がそれだった。昨日は朝から都立中央図書館で今度の展示と本の制作のための資料精査をやり、午後から事務所で作業をして、そのあと博論製本に向けて業者に相談にいって、その足で二郎系ラーメンを食べ、帰ってから図面を少し書くということをした。このうち、健康によくなさそうなのは二郎系ラーメンだと思われるが、ラーメンを食べて腰痛になったという話は聞かない。事務所の椅子が最弱*1なのが理由か、あるいは電車で座れなかったことが理由か。結局のところ、腰痛にわかりやすい理由などないのかもしれない。私の腰痛との付き合いは腰椎分離症になっちゃった高校2年生までさかのぼる。陸上短距離をやっていたのだけど、微妙なフォームのアンバランスさが日々のトレーニグに負担をかけ、まず腰がやられたのだった。この腰の故障をきっかけに、足の甲の疲労骨折やハムストリングの肉離れなど、全身のいたるところに不調をきたすことになる。だましだまし練習を続けたのがよくなかったのだと思う。完治することなく、身体の各所に負担をかけながら、ずるずる腰痛を引退までひきずることになった。このときの後悔がゆえんかどうかは定かでないのだけど、腰痛がくると身体が休息モードに入り、とにかくやる気がなくなる。今日気づいたのは、腰がいたいと、歩いているときも、仕事をしているときも、ご飯食べているときも、腰いて〜くそ〜、という気持ちに支配され、嬉しい気持ちも嫌な気持ちも半分くらいになるということだった。なんとなく日々抱えている不安のようなものも腰いて〜という気持ちにかき消され、心がふと軽くなるような感覚があった。腰痛も一長一短だ。

 

○本日のタブ

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シザの教会の記事。写真を見ているだけでも圧倒される。そして、シザがマティスをどのような仕方で受容しているのかがとても気になってくる。インタビューとかでなんか言ってないやろか。

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