MAR.5,2020_電気が消える時

 風が強い日だった。3日ぶりに学会図書館へいったのだけれど、まず行きの山の手線が途中で15分ほど止まり(木の枝が当たったとかで)、次いで帰りの京浜東北線も線路内に異物があったかなんかで、止まった。止まっただけではなくて、送電線の位置がうんたらこうたらで、照明も空調も消えた。電気の消えた車内は昼間なのに薄暗く、空調の止まった車内はいやにしんとしていた。それまでは全然気にならなかったのに、ヘッドホンのシャカシャカ音とか、となりのひとの息づかいなんかが急に聞こえてきて、せまい空間に人間がたくさん詰め込まれていることを急に突きつけられるような感じがして、どうにも居心地の悪い時間だなと感じてしまった。

 電気が消えた電車のなか、すごく好きだったはずなのに。むかし、北陸新幹線がまだ開通していないころ、東京から富山に帰る際は、上野から新幹線で越後湯沢へ、特急で直江津までいって、そこからは日本海側を西へ、糸魚川とかを経由して在来線でとことこ進むというルートだった。糸魚川といえば皆さんご存知、フォッサマグナが通っているところだ。日本を西と東に分断する地質学的な溝。それだけじゃなくて、この糸魚川というのは直流電源と交流電源を切り替える場所でもあり、たしかそれが理由だったと思うのだけれど、駅を出たあと走行中30秒くらい車内の電気が消える時間があって、ぼくはこの時間がとても好きだった。専門用語では「デッドセクション」というらしい。

 数両しかない在来線。帰省するときはだいたい夜なので、車内にはほとんど人がいない。いつも車内に自分一人だった気がする。向かい合わせのボックスシートに座って、足は前の座面に放り出していたと思う。窓際のミニテーブルにはいつも、缶コーヒーかなにかを置いていた。電気が消えると、なかは嘘みたいに真っ暗になって、身体が線路のうえに放り出されるような気分になる。ど田舎で光源がないから、天気がいいと星空がみえるのだ。一瞬の暗闇だけれど、ああこのまま、ずうっと暗いままならいいのになと、いつも思っていた。

 ああ、そうだ。思い出した。最後にこの在来線に乗ったとき、この電気が消えるとき、車内に親子がいたんだ。それで、お父さんが子ども(たしか息子だったはずだ)に、あと5分くらいで電車が停電するとかなんとか、預言めいた仕方で言っていたのを、ぼくは聞いていた。子どもは信じていなかったけれど、ほんとうに電気が消えて、その後お父さんはいたく感動されていた、ような気がする。とにかく同じ車内の向こう側がたいへんに盛り上がっていたのは、思い出せる(さきほどまで忘れていたけど)。たしか冬だったと思う。北陸新幹線開通前だから、5、6年前だろうか。

 電気が消えて30秒くらいすると、何ごともなかったかのように、車内に明るさが戻る。30分もすると、地元の泊駅につく。前の座面に放り出していた足を引っ込め、スニーカーをはく。缶コーヒーの残りを飲み干してしまう。コートを羽織る。この辺りから地元に戻ってきたという実感が大きくなってきて、久しぶりに実家に帰るなとか、ポチ(当時まだ健在だった秋田犬の飼犬。ぼくのtwitterのプロフィール写真)に会えるなとか、胸のなかで色々な思いがじわじわと滲み出てくる。この電気が消える瞬間が好きだというぼくの感情には、たぶん、この下車間際の郷愁の気持ちも入っているのだと思う。

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PENTAX 67, SMC TAKUMAR 6×7 105mm / F2.4, FUJI PRO400H