OCT.3,2020_快適な気候

 きのうあんなことを書いておいてなんなのだけれど、今日はよく眠れた。普通に5時間くらいは寝た。よく眠れたのは、ホテルに泊まったからということもあるかもしれない。なんでホテル泊なのかというと、今日の朝9時に歯医者の予約をねじ込まれてしまっていたからだ。以前住んでいたアパートから徒歩5分圏内のところにあった柏の歯医者さんは、いま住んでいる海老名からだと、ドア・ツー・ドアで片道3時間弱はかかる。しかし、治療中のため歯医者を変えるということもできない。普段は午後に診察を入れてもらっているが、今回は先生の都合で9時スタートになっちゃったから、6時すぎには家をでなくてはいけなくて、これが嫌すぎて、どうしようかと考えていたところ、いま流行りのgotoキャンペーンを使うと3000円でビジネスホテルに泊まれることがわかったので、えいやと予約をとってみたのだった。

 

 安ホテルのロビーの食堂は、コロナの影響か、今は稼働していないみたいで、一部が喫煙スペースになっている。うっすらと暗い無人の食堂は、前面道路の街灯がおもだった灯りになっているような環境で、ぼくはそこで一本タバコを吸った。部屋のテーブルには、見たこともないようなレトロな湯沸かし器がおいてある。なかなか水がお湯にならないので、ゆっくりと待ってから、見たことのない謎ブランドの緑茶パックを湯飲みに入れ、お湯をそそぐ。あたたかい。布団と毛布は、ゴワゴワして寝心地が良くなかったので、けっきょくシーツだけを身体にまるめて寝た。窓から見える風景は、数十センチ先の隣のビルの外壁で、金属製の換気口がふたつ見えている。朝になると、横からの光を受けて、外壁のテクスチュアが少しずつ浮かび上がってきていた。うっすらとした黄色の色彩も、少しずつ。シャワーヘッドから出るお湯は、針金のように細く、けっこう痛かった。節水してやがんな、と思った。全体的にぜんぜん快適ではなかったのだが、一連の少し投げやりな感じが、いまのぼくにはとてもちょうどよく、心地がよかった。だからよく眠れたのかもしれない。


 歯の治療は10時すぎには終わって、駅までの道を歩く。半袖で快適にすごせる最高の気候で、歩いているといろいろな匂いがしてくるので、少しずつ元気がでてくる。道中、さまざまな良いものとすれ違った。昔住んでいたアパートの近くの家の庭に、おおきな銀色の脚立が置かれていて、枝葉が地面に散らばっている。休憩中の庭師のおじさんが、おおきな石に座って、ずいぶんと分厚い本を熱心に読んでらっしゃる。そのすぐ後にすれ違った別のおじさんは、ケミカルっぽい水色をした縦型iPod nanoを操作して曲を選んでいて、おじさんの物持ちのよさに背筋がのびる。かつて散歩のたびに見ていたマンションの電気設備機は、今日も水色だった。公園のベンチで子供らがあおむけに寝ている。近くの家の芝犬も庭で寝ていて、スズメがかなり近くまで接近している。うしろから、信じられないくらいおおきな声のくしゃみがきこえて、おどろいて振り向いてしまう。うしろにはカップルがいて、びっくりした顔で振り向いたぼくをみて、ふたりは笑った。ぼくも笑った。

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 いろいろなものとすれ違い、気分がすごくよくなっていたのだが、駅前の行きつけの喫茶店に朝ごはんを食べようと立ち寄ったら、なんとそのお店(コーヒーハウスうらら)が9月いっぱいで閉店していて、お店の前で愕然としていたら、横にいたおばさんに「ねえ...」という顔をされたので、「ええ...」という顔で返した。

 すごく悲しくなってしまったのだが、お腹はへったので、別の喫茶店(コンパル)に入って、ホットケーキとホットコーヒーを頼む。こちらも良い喫茶店なのだけれど、よく行っていたのはうららのほうなので、しばらく落ち込んでしまう。柏に住んでいるみなさんはどんな反応をしているのかなと、Twitterを調べてみたら、やはり多くの人が残念がっていた。しかし、うらら閉店を残念がる人々をみているうちに、「ブラジャー太郎」という名前の、ブラジャーをつけた太っちょおじさんがアイコンのアカウントを見つけてしまい、なんとも言えない気持ちになる。意外にもつぶやきはすごいまともであり、よりいっそう、なんともいえない気持ちになる。快適な気候での散歩の喜びから、喫茶店閉店の悲しみを経て、最終的にはブラジャー太郎発見により、ぼくの感情は無に至った。そっと目を閉じた。明鏡止水。

 

 ホットケーキがきた。おもったよりも小さい。食べ終わってから、文章を書き始める。そして、いまに至っている。これから、久しぶりに研究室にいく。