JAN.18,2018_四次元が見えるようになる本

 後輩から教えてもらった『四次元が見えるようになる本』(著者は数学者の根上生也さん)という本がすごくおもしろかった。アナロジーとかではなく、本当に四次元がみえるようになってしまえる本だった。

 とくにおもしろいのが、著者が “四次元を見るための奥義”として紹介している方法で、曰く、

 あなたが用意するものは、紙と鉛筆だけ。まず、用意した紙を机の上に広げ、そこに三本の座標軸が直交してい る絵を描いてください。何の解釈も加えなければ、その絵には一点で交差する三本の長い矢印が描かれているだ けです。しかし、あなたはその絵を見て、そこに三次元空間を見出すことができる。本当は紙の世界は二次元空 間でしかないのに、それは三次元空間だと思える。当たり前のことだけれど、そういう力があなたに備わっているということを自覚することが大切です。 次にあなたがすべきことは、三本の座標軸の交点、つまり、三次元 空間の原点に当たるところに鉛筆を立てることです。

「え、それだけ?」

 そう、それだけです。でも、紙に 書かれた三次元空間を意識できるあなたなら、原点の位置に立てた鉛筆が何に相当しているかがわかるでしょう。 それはx軸、y軸、z軸のすべてに直行する第四の座標軸、w軸にほかなりません。 鉛筆は紙の上に描かれた三 次元空間からはみ出る方向に伸びている。ということは、その鉛筆が指し示す方向に四次元空間が広がっている ということです。つまり、いままで三次元空間だと思っていた世界が四次元空間に化けたことになります。そして、 あなたはその四次元空間の中にいて、紙の上に存在している三次元空間を見下ろしているのですよ。*1

 実際にやってみるとわかるけど、たったこれだけで驚愕するような空間体験がもたらされる。次元を拡張していくには順繰りに直角に座標を増やしていけばいいわけで(点→線、線→面、面→立体)、四次元をみるためには、要は立体に垂線がひければよい。そして「虚構にペンをつきたてる」ことはこの要件を満たしている(次元を折りたためば、立体に垂線を引くことは可能だ)。テンションがすごくあがっちゃったので下のような写真まで用意してしまったが、これを見ているだけじゃあの感覚は得られないだろう。自分の手でやらないと、、。

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 この現象を形式的に分析してみると、x-y-z軸のイリュージョナルな三次元空間にめちゃくちゃ没入しつつ、鉛筆をたてている実空間でのw軸も明確に認識できていること、となる。換言すれば、二次元に折りたたまれた(射影された)フィクショナルな空間と現実空間が、あたかもネッカー・キューブのようなかたちで、ある絶妙なバランス、瞬時に切り替わりうる力関係のもとに置かれていること、となるだろうか。ここで問題になっているのは、際限のない“シュール”な世界ではなく、「虚構=フィクション」と「現実=リアル」を同時に知覚する体制だ。

 もうすこし掘り下げてみると、「私の身体」が、「私が見ている状況」のたんなる構成材として組み込まれていることがなによりポイントだということがわかる。主客が二重化し、たんなる習慣と情態と力能の束と化した「私の身体」を、私自身が冷静に見つめているような状況。繰り返すけれど、たんに「ながめているだけ」ではこの知覚体験はもたらされ得ない。これは視覚以外の五感をすべて酷使し、五感ごとに主体を分裂・並列させた結果に生じる感覚だ。私の身体が、「見ている私」、「触れている私」、「聴いている私」、「重力を感じている私」、、等々の多重化した主体の葛藤・抗争の場となること。

 で、ここまでくればガチで四次元を模索していたデュシャンの作品、たとえば《彼女の独身たちによって裸にされた花嫁、さえも》 (以下《大ガラス》)は、この成立条件をほぼ完璧に満たしていることがわかる。三次元的な造形が二次元に射影されたオブジェがあり、そのオブジェの内容に観賞者を没入させるための物語的仕掛けがあって、他方ガラスはそれとは無関係に表面のヒビの物質性、あるいは向こう側に横切る他者の姿をフィクショナルな没入空間に介入させ、現実空間への次元の拡張(w軸) を示唆する(このガラスが「虚構につきたてられた鉛筆」の役割を果たしている)。《大ガラス》は「フラットラ ンドの住人」と「この現実の世界の住人」へと見るもの身体を分裂させ、同時に両者を共存させる態勢を要求するのだ。 

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△マルセル・デュシャン『彼女の独身たちによって裸にされた花嫁、さえも』(1915-1923)

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Contax S2, Carl Zeiss Planar T* 1.7/50, Kodak GOLD 200

*1:根上生也『四次元が見えるようになる本』, 日本評論社, pp.163-165., 2012