JAN.2,2021

 目が覚めると、寝る前あれほど夢の内容を覚えていようと決意したにも関わらず、頭のなかには何も残っていなくて、さっぱりすっきりとした目覚めだったことが切なかった。心地よさと切なさがおなじくらいの強さだった。初夢なんてなかったのだ。ところで、覚めると覚えるが同じ漢字なのはおもしろい。記憶が定着するのって寝ているときなのにね。

 昨日は就寝前に、先輩が以前好きだといっていた『バット・ルーテナント』(2009)を見た。もともとジャンキーだった主人公の悪徳警官テレンス(ニコラス・ケイジ)はひどい腰痛が引き金になって引き返せないくらいのドラッグ中毒になってしまう。おまけに彼はギャンブル中毒で、借金を作りまくっていて、将来有望なアメフト選手をマリファナの取引現場を押さえてゆすったり、証拠品のコカインをネコババしたりする。そんなかなりヤバいやつなのだけど、刑事としては優秀で、根の優しさや正義感が理由としかいえないような行動も度々とる。溺れかけた囚人を危険な目にあっても助けたり、子供に対する犯罪には本気で怒って捜査に取り組んだり、恋人を心から大切にしていたり、こまめに高齢の父親の面倒を見ていたり。その不思議な善悪の分水嶺が映画を駆動する。え、最低!! というシーンと、そこは良いやつなんかい!! というシーンがいったりきたりして、見ているほうは訳が解らなくなる。

 ニコラスのラリった演技はやりすぎ感があっておもしろいのだけど、演出も過剰で、彼がバキバキにキマっているときには必ず謎の爬虫類が出てきて、ヘビやイグアナ目線のかなり雑な(ノイズだらけの)画面になったりする。この雑演出がすごいよかった。言うまでもなくヘビはキリスト教圏では重要な意味をもち、楽園を追放されたアダムとイヴが手に入れた善悪の区別を象徴する。それはつまり、神を盲目的に信じることができないという人間の葛藤=知恵であり、ドラッグは慣習的な善悪の区別を揺れ動かし、思わぬ方向への「因果応報」を用意する。下は最後の水族館でのシーンなのだけど、この場面はとても美しかった。万人におすすめはできないけれど、好きな人は好きな映画だと思う。朝起きて、昨晩見たこの映画のことを思い出し、ラリった初夢をみなくてほんとうによかったなと安心した。

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 朝から、ぼやっと洗濯したり駅伝を見たりしていたらいつのまにか昼になっていて、これはイカンと喫茶店にいって武邑光裕さんの『プライバシー・パラドックス』を読んでいた。この本とてもおもしろいのだけど、まずもって藤田裕美さんの装丁がすばらしい。

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△ 武邑光裕: プイバシー・パラドックス データ監視社会と「わたし」の再発明, 黒鳥社, 2020

 さいきん手にとった本のなかでも抜群にデザインが良い。縦長のプロポーションで、開いたときにちょうど正方形くらいになる。紙面の上下には余白が十分にとられ、加えて図版が意図的に小さくレイアウトされているから、読んでいると顔が本にぐーっと近づいて、気づくと内容に没入してしまう(相対的に本のサイズを大きく感じてしまうような経験)。文字も写真もすべて濃い青色で統一されてて、すごい攻めてる。たぶん違うと思うけれど、リソグラフで製作されているような雰囲気。

 帰り際、散歩中の柴犬とすれ違った。すれ違ってから5メートルくらいして、なんの気なしにふり返ってみたら、柴犬も同じタイミングでこちらをふり返って、5秒くらい見つめ合った。もしかしたら前世で付き合っていたのかもしれない。それから、道路沿いのおばあちゃんがひとりでやっている焼き鳥屋で、1本60円くらい(安いんだ)の串を8本買って家で食べた。