160331 Ari Hoenig / The Pauper & the Magician

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待ちに待った、Ari Hoenigの新譜が今年の1月に出た。「Lines of Oppression」が2011年だから、5年ぶりということになるのかな。Ari HoenigはNYに拠点を置くドラマーで、コンテポラリー・ジャズにおけるもっとも重要なプレイヤーの1人だと思っている。彼はサイドマンとしても超一流で、最近でも「Kenny Werner / The Melody」(2015)、「Gael Horellou / Brooklyn」(2014)、「Morten Haxholm Quartet / Equilibrium」(2013)など様々なミュージシャンから引っ張りだこで、耳にする機会は多いのだけど、いかんせんそこではサイドに徹している演奏が多いので、リーダー作をずっと待ち焦がれていたのだ。

Ari Hoenig(Ds)、Gilad Hekselman(Gt)、Tivon Pennicott(Ts)、Orlando le Fleming(B)、Shai Maestro(P)というメンバーの今作。ヘクセルマンやシャイマエストロ、レフレミングなど、僕の大好きなミュージシャンで周りを固められているから、期待せずにはいられない。とくにヘクセルマンはKurt Rosenwinkel以降のギタリストの中でも頭一つ抜けていると思っている。テナーのティボーン・ペニコットは初めて聞く名だけど、調べてみたら1985年生まれと相当若いことがわかった。大学在学中にケニー・バレルクインテットに加わってたらしい。すげー。(http://www.tivonpennicott.com/bio-1/)。

ちなみに調べていて、シャイマエストロが1987年生まれということもわかり、ちょっとショックを受ける。4歳しか変わらないのか…ふええ…。アビシャイ・コーエンのトリオで活躍しているとき何歳だったんだろう、この人。ピアニストは早熟である。

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全6曲で、6曲目の「You Are My Sunshine」をのぞいて全てホーニッグのオリジナル。ホーニッグは相変わらずコンポーザーとしても超一流で、今回も名曲ぞろい。なんとなく全体的に中東感が強い気がするけど、ヘクセルマンに加えシャイマエストロが加わっていることも関係しているのだろうか(ふたりともイスラエル出身)。

1曲目は表題曲の「The Pauper & the Magician 」。テーマをリフレインしていく中で、リズムが有機的に、時にダイナミックに変化していくさまは、前作「Lines of Oppression」の「Arrows & Loops」を感じさせる。こういう曲の構造って、多分マイルスの「Nefertiti」が初出じゃあないかなと思う。「Nefertiti」はモダン・ジャズで最も美しい曲、かつモダン・ジャズを終わらせた曲だと思っている。フロントではなくリズム隊が曲の主役に躍り出て、従来のジャズの構造は大きく塗り替えられることとなった。ホーニッグはドラムで音階を作って(しかも怖いくらい正確な音程で)テーマを演奏するドラマーとしても有名だけど、それはまさしくフロント楽器とリズム隊とのヒエラルキーを解体していこうという試みともいえる。


*Ari Hoenig Solo* Jazz Drumming Perfection ;) Arirang JazzHeaven.com Instructional Video Excerpt

このアルバムも、フロントとリズム隊の主従関係が解体されて、両者が極めてフラットな状態で演奏が進む点がとても現代的だ。「The Pauper & the Magician 」では、ジャズでは一般的な形式である一定のコード進行上での即興演奏という場面がとても少ない。これはある意味クラシック的というか、ジャズの持っていた能動性が失われているように一見思えるけれど、多分そうじゃないんだな。楽曲がかなり精密に、形式的に構成されているからこそ、演者相互の関係性やリズムの揺れが浮き彫りになるというか…。ここでは即興というのが、コード進行の上で行われるゲームではなく、もっと微視的なものとして現れているような気がする。

2曲目は打って変わって4ビート。ヘクセルマン・マエストロ・ペニコットのフロント3人が、それぞれ短いパッセージで互いにくってかかりながら演奏が進む。これも前作の「Rythm-A-Ning」と同じ手法だよね。「Will Vinson / Stockholm Syndrome」(2010)に収録されている「Everything I Love」のLage LundとKendrick Scottのかけあいにも似たようなものを感じる(この演奏も素晴らしいのでぜひ聴いてみてほしい)。ぼくの大好きなパターンで、ジャズの形式性を崩していく、ずらしていく有効な手段だと思う。フリージャズのような完全な脱構築ではなく、従来の形式性を引き受けつつずらすというか、ほぐすというようなところが、なんとなく重要な気がする。これについては後日きっちりまとめよう。僕が建築でいまやろうとしているのもこういうことで、準-脱構築、あるいは準-構造の構築、みたいな。

3曲目の「The Other」は1曲目の続きのような、中東の雰囲気たっぷりな演奏。この曲が聴けただけでもこのアルバム買った価値あるよな、というくらい素晴らしい演奏。ライブの定番曲になるだろうなあ。クラシカルに始まるこの曲は、後半に行くにつれてプログレみたいな感じで展開していく。アツい。前半のマエストロのソロ、すさまじい。後半のヘクセルマンのソロも、Ben Monderばりのハイゲインでイケイケで最高である(ヘクセルマンのこんな演奏、相当珍しいと思う)。終盤は複数のテーマがポリリズミックに折り重なっていく。最高に格好いい。これが聴きたかったんだよ僕らは!!という感じだ。

4曲目「Lyric」、5曲目「Alana」と、落ち着いた雰囲気の曲が続く。ホーニッグは泣かせる曲を書くのもうまい。「Wedding Song」や「Remembering」然り。最後の6曲目は「You Are My Sunshine」。前述したホーニッグのメロディー奏法はここで聴ける。これまで変則的な演奏が続いてきたけど、あくまでジャズらしい曲でアルバムを締めくくるのが素晴らしいよね。僕らは常に新しい物が聴きたいと、あるいは生み出したいと思っているけど、オーセンティックな「ジャズ」ももちろん大好きなんだ。過去を破壊するのではなく、引き受けたうえで新しいものを作っていくというのがジャズらしいところというか、僕がジャズを好きな理由のひとつだと思う。古さを引き受けた新しさ、というか。ジャズは「終わった」ジャンルだよね、とドヤ顔でいう自称音楽通の人に僕はかつて出会ったことがあるけど(少なからずいるんだな)、今作はそういう人にぜひ聴いてみてもらいたいアルバムである。

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相変わらず素晴らしいアルバムだった今作。とはいえ6曲はちと短く感じるところ。ライブ聴きにこい!ってことかもしれないけど。あとテナーのティボーン・ペニコットにスポットを当てた曲がもう少しあってもよかったかなと思う。ちょっと存在感薄かったような。

それにしても今作で、改めてホーニッグの作曲能力の高さに驚かされた。彼だけではなく、Brian Blade然り、Antonio Sanchez然り、Mark Guiliana然り、コンテンポラリー・ジャズのドラマーたちはなぜこうも皆、コンポーザーとしても一流なんだろうか。